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横穴式石室研究会
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待合室 (考古系雑談用の連絡板)




あなたのお名前


内田 > それにしても、真剣にレンタカーを考えなくてはならないのかしら。 (10月16日12時55分00秒)
内田 > ごみ箱が見つからなくて気が付いたら東京駅までもっていったけど、 (10月16日12時53分26秒)
内田 > 全体にごみが少なくて、お掃除している人に行き会わないのに、とてもきれいなところでした。 (10月16日12時52分28秒)
内田 > さきたま古墳群にバスから降り立ったとき、コロコロのスーツケースを引いているのは私一人。 (10月16日12時47分38秒)
内田 > そりゃ、土地の人は車で来るからいらないのでしょうが。パーキングはとても広かったですね。 (10月16日12時46分18秒)
内田 > さきたま古墳群にもコインロッカーがなく、博物館の受付で預かってもらいました。 (10月16日12時45分39秒)
内田 > バスターミナルにはありましたが(忘れていた百円返してくださってありがとうございました)、 (10月16日12時44分57秒)
内田 > JR行田駅にコインロッカーがない、と言われた時には本当にどうしようと思いました。 (10月16日12時44分15秒)
内田 > !世界遺産を目指すなら、コインロッカーを置いてほしいと思います。 (10月16日12時43分40秒)
内田 > 忍川(=おしがわ)、忍城(=おしじょう)。鳥のおし? (10月16日12時42分08秒)
内田 > 次は、武蔵国府跡かなあ。入間の郡みよしののさとは、所在不明ですからね。 (10月16日12時39分13秒)
内田 > 埼玉県で一つと考えた私が予習不足ということでしょうか。 (10月16日12時38分13秒)
内田 > しかし、入間は遠いなあ。川がいくつもあるので、昔の人はどうやって行き来していたのか、 (10月16日12時37分01秒)
内田 > さきたま古墳群は、母方の田舎によく似ていました。平原で山が遠くて、川があって。 (10月16日12時35分14秒)
内田 > 伝仁徳天皇陵は、大阪湾から結構いい目印だと思いますし、場所を知っていれば神戸からも見えます。 (10月16日12時25分38秒)
内田 > 後から思えば不思議だったのは、さきたま古墳群はどこから見ることを想定して作られているのでしょうか? (10月16日12時24分50秒)
内田 > 集落は同じところに踏襲されて、それだけ独立して掘り出せないのでは? (10月16日12時21分13秒)
内田 > ということは、墓と住居は同じ平らなところでも、少し高いところに作ったでしょうから、 (10月16日12時19分51秒)
内田 > 史跡博物館によれば、この古墳群は川に挟まれているので、下手すれば氾濫原です。 (10月16日12時19分01秒)
内田 > なぜかというと、丸墓山古墳に上って、周りを見たら、ずっと平原で、 (10月16日12時17分53秒)
内田 > 現在の町の下にあるんじゃないかなと思いました。 (10月16日12時16分48秒)
内田 > 何にせよ、稲穂の実る豊かな土地で、集落跡が出ていないと史跡博物館で見たVTRで聞きましたが (10月16日12時16分25秒)
内田 > 耕作したのかなと思いました。 (10月16日12時14分36秒)
内田 > 円墳が平削されて、耕作されていた、ということだったので、忍川の水を丸墓山古墳の堀に引き込んで (10月16日12時14分10秒)
内田 > 伝仁徳天皇陵もお堀は農業用水に使われていましたし、 (10月16日12時09分51秒)
内田 > 忍川は流路が替えられているのでしょうか? (10月16日12時08分48秒)
内田 > まあ、でも伝仁徳天皇陵だって登れないし、入れませんものね。 (10月16日12時06分21秒)
内田 > 稲荷山古墳が修復中で、登れないのは残念でした。 (10月16日12時05分50秒)
内田 > すみません。さきたま古墳群です。前玉神社にもお参りしました。 (10月16日12時05分06秒)
内田 > バスがなくて、一時間に一本だし、咲きたま古墳群で二時間かかったので。 (10月16日12時04分28秒)
内田 > 行田の観光案内所で、この後、入間に行きたいというと、絶句されました。 (10月16日12時03分39秒)
内田 > 稲荷山鉄剣が載っていて、一も二もなく、行田に行くことに。 (10月16日12時02分52秒)
内田 > 最初、入間にいくはずだったのに、埼玉の観光ガイド雑誌を買ったら、 (10月16日12時02分17秒)
内田 > 先日、さきたま古墳群に行ってまいりました。 (10月16日12時01分46秒)
内田 > 宮に堀?お墓に堀なら知っていますが。堀・・・濠・・・ (10月16日12時00分55秒)
桂川光和 > 出土濠の画像。http://yamatai.sblo.jp/article/167274203.html (03月26日15時32分15秒)
桂川光和 > 祭祀遺跡などであるはずは無い。祭祀遺跡に濠など必要ない。 (03月26日15時31分20秒)
桂川光和 > ここは秋津嶋宮の伝承地。南を区切る濠なのだ。 (03月26日15時30分03秒)
桂川光和 > 王宮を守る濠が出土している (03月26日15時28分28秒)
内田 > 読み始めて、即、塩釜式土器につかまったような次第です。 (06月07日15時02分05秒)
内田 > 成果は本三冊。 (06月07日15時01分05秒)
内田 > 先週東京に行ったとき半日神保町にいたのですが・・・・・・。 (06月07日15時00分39秒)
内田 > 関西で東北を調べるのは結構難しいと思って (06月07日15時00分00秒)
内田 > ものすごく紛らわしい命名ではないですか。 (06月07日14時59分14秒)
内田 > 塩釜を調べているのですが(地名、製塩土器も含め)、塩釜式土器って (06月07日14時58分57秒)
内田 > なんで塩釜式っていうのですか? (06月07日14時58分10秒)
内田 > 塩釜式土器、って何????? (06月07日14時57分45秒)
内田 > 今、東北を調べているので、ついでに書いておきます。 (06月07日14時57分28秒)
内田 > どうなんでしょう。 (06月06日15時28分53秒)
内田 > 日本史に詳しい方ならだれでもご存じのことだと思っていたのですが (06月06日15時28分41秒)
内田 > ということのようですが、「頗存古語」というだけあって、読みにくいですね。 (06月06日15時22分14秒)
内田 > 興福寺の僧が仁明四十の賀に聖像四十体を造って奉ったときに添えた長歌 (06月06日15時21分18秒)
内田 > 「葦菅を殖生しつつ国固め造けむより・・・」 (06月06日15時17分35秒)
内田 > 「かみろきのすくなひこなか」 (06月06日15時15分37秒)
内田 > これに長歌を副えて奉献す。その長歌の詞にいわく「日本の野馬台の国を」 (06月06日15時14分16秒)
内田 > 続日本後紀巻十九仁明天皇嘉祥二年三月二十六日 (06月06日15時12分13秒)
内田 > 失礼しました。 (06月06日14時00分56秒)
内田 > あれ?二重になってしまいました。 (06月06日14時00分23秒)
内田 > ここまで書くからには出典を明示すべきでしょうね。 (06月06日13時59分53秒)
内田 > ここまで書くからには出典を明示すべきでしょうね。探します (06月06日13時59分44秒)
内田 > 明らかにやまとこくのつもりで邪馬台国と書いていたように記憶します。 (06月06日13時58分51秒)
内田 > 平安時代の史書の中で僧が古い書き方で奉った書の中に (06月06日13時58分27秒)
内田 > 邪馬台国は現在やまたいこくと読んでいますが (06月06日13時57分31秒)
内田 > ご宣伝でしたか? (06月06日13時57分04秒)
野々宿渉 > それでは長々と失礼いたしました。 (05月23日20時07分56秒)
野々宿渉 > これらは仮説でしかありませんし、信を置くかどうかは自由意志にお任せします。 (05月23日20時07分29秒)
野々宿渉 > 古代の邪神の怪奇譚『レムナ・ハノムの手記』本篇・【補完記】に明記しています。 (05月23日20時06分23秒)
野々宿渉 > 小説投稿サイト《星空文庫》掲載中の私、ペンネームをモーフィアスドールという者の。 (05月23日20時04分52秒)
野々宿渉 > 史実はまさに盲点そのものでありましたが、これら真相に至るまでの情報は。 (05月23日20時03分28秒)
野々宿渉 > 歴史の上から完全に失われてしまっていたのです。 (05月23日20時02分09秒)
野々宿渉 > もう一つの強国であったスサノオの出雲王国にもたらされたため。 (05月23日20時01分24秒)
野々宿渉 > 二つの玉と鏡の片方の一組は、史実から消された邪馬台国と伴に在った。 (05月23日20時00分27秒)
野々宿渉 > そしてこれらはアマテラスが卑弥呼その人という言説を基に推理すると。 (05月23日19時59分16秒)
野々宿渉 > 同じように国津神には『地の玉』・『月の鏡』が用意されて居たのです。 (05月23日19時58分16秒)
野々宿渉 > 天津神のための権威の主体、『日の鏡』が用意されており。 (05月23日19時57分16秒)
野々宿渉 > なんと三種の神器の玉と鏡は、天津神のための天孫の王の証の『天の玉』と。 (05月23日19時56分11秒)
野々宿渉 > これも記紀から消された、天津神・国津神の両方の一族の権威の象徴として。 (05月23日19時54分02秒)
野々宿渉 > さらに日本神話の白眉である通称天岩戸隠れの祭礼の時には。 (05月23日19時52分56秒)
野々宿渉 > イザナミにそそのかされたカグツチに亡きものとされ、黄泉へ落とされていたのです。 (05月23日19時51分47秒)
野々宿渉 > しかも記紀の伝承と違い、父親のイザナギは黄泉への旅の伝承の通り。 (05月23日19時50分14秒)
野々宿渉 > イザナミとその実の息子カグツチとの近親婚の結果の忌むべき子供でありました。 (05月23日19時48分59秒)
野々宿渉 > なんとギリシャ神話ガイアの近親婚伝承に名残を残した。 (05月23日19時47分33秒)
野々宿渉 > こういうことだったのです。彼らの父母については記紀のナギ・ナミではなく。 (05月23日19時46分49秒)
野々宿渉 > ツクヨミ・スサノオ・セオリツ(最初の暴君ニギハヤヒの名代、後のアマテラス) (05月23日19時45分09秒)
野々宿渉 > この三神は、なんとそのままの、、、 (05月23日19時43分49秒)
野々宿渉 > 最も重要な、尊い麦色の末妹スバドラーですが。 (05月23日19時43分07秒)
野々宿渉 > 少し触れますと、聖なる白い兄バララーマ、邪なる黒い弟ジャガンナート、そして。 (05月23日19時41分37秒)
野々宿渉 > 以外にもインドのオリッサ州の土着神の三兄妹神の伝承でありました。 (05月23日19時40分13秒)
野々宿渉 > そのカギは、日本神話のカグツチと、ご存じ三貴神、そして。 (05月23日19時39分15秒)
野々宿渉 > 接点さえ判明すれば、あとは芋づる式に事実が判明しました。 (05月23日19時37分53秒)
野々宿渉 > 比較研究してわずか四日で、古代の人祖に関わる史実の大様を突き止めました。 (05月23日19時36分49秒)
野々宿渉 > 詳細は省きますが、自作の怪奇短編小説のために、世界の主要な神話伝承を。 (05月23日19時34分51秒)
野々宿渉 > あまり長く発言したくありませんし、非常な心労になるために。 (05月23日19時33分44秒)
野々宿渉 > はじめまして。一応は考古学に関心を持つ幻想文学系の自称物書きでございます。 (05月23日19時32分48秒)
内田 > 以上。 (04月02日23時20分55秒)
内田 > ちょっと残念。 (04月02日23時19分54秒)
内田 > 注意されました。なので、お墓の入り口やその付近の写真は撮りませんでした。 (04月02日23時19分46秒)
内田 > それとなく「写真をあんまり撮ってはいけないといわれたけどなあ」と (04月02日23時18分48秒)
内田 > 現地の方々がお参りされていた上、写真を撮っている私たちに (04月02日23時18分25秒)
内田 > いつごろの墓か、信仰されている墓で、お彼岸ということもあり、 (04月02日23時17分53秒)

[南河内考古学研究所]

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