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267 遺存木材の14C測定におけるPEG含浸処理の影響の回避 |
2004/11/8(月)05:43 - 山口 昌美 - ak139.lip.point.ne.jp - 28860 hit(s)
この文は、AMSの14C測定用試料調製に関するものである。考古学から見れば、多数ある支援技法の一つの、そのまた一部を論じたものである。掲示板に相応しい一般的な内容ではないが、関係者の目にとまれば、何らかの参考になるかもしれないので、投稿する。
1.はじめに
早傘さんのアルカ論集2号の論文で、PEG(ポリエチレングリコール)含浸処理した遺存木材の14C測定では推定年代よりも300〜400年古い年代が示され、PEGの影響による可能性が高いことを知った。
遺存木材の14C測定におけるPEG含浸処理の影響を回避するには、どうすればよいか?を考えて、一つのアイデアを思いついたので、紹介したい。
註:早傘さんがアルカ論集2号で紹介した「名古屋大学における加速器質量分析(AMS)研究の25年間の歩み」(中村俊夫)と同様な内容ではないかと思われる論文をネット上で見つけたので、参考にした。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu3/toushin/04021901.htm
「加速器を利用した放射性炭素年代測定」文化資源の保存、活用及び創造を支える科学技術の振興:科学技術・学術審議会 資源調査分科会報告書(平成16年2月19日)28〜41頁
2.含浸処理木材と14C測定―AAA処理による木材洗浄には限界がある
含浸処理に用いられる化合物はPEG、ラクチトール等の炭素を含む有機化合物である。
14C測定の面からは、これらの化合物は汚染物質であり、含浸処理した木材はこれらの化合物により汚染された試料と見なせる。汚染された試料では、汚染物質を除去しない限り、試料本来の測定値は得られない。
PEGは水溶性ではあるが、合成高分子であり、AMS試料洗浄に常用されるAAA処理(酸‐アルカリ‐酸処理)では、分解とか、易水溶化とか、木材からの除去が容易になるような変化は受けない。
PEG含浸処理した木材からPEGを完全に除去する洗浄法の開発が望まれるわけだが、木材の主構成分であるセルロースはOH基を多数含む高分子であり、PEGもOH基を多数含む高分子なので、両者の親和性は高く、木材の複雑な構造に入り込んだPEGの除去は、AAA処理でも、他の洗浄処理でも非常に困難と推測される。
PEG含浸処理した木材のPEGを完全に除去するには、木材のままの洗浄法では無理で、別の新しい方法が求められる。
3.木材本来の14Cを得るための新しい方法の模索
AMSでは木材から由来する炭素を測定しているが、木材はセルロース(木材の約50%)とリグニン(木材の20〜30%)が主成分なので、木材自体でなく、木材を構成するセルロース、リグニンの炭素を測定しても同じ結果が得られる筈である。セルロース、リグニンを更に分解した分解物の炭素を測定しても同じ結果が得られる筈である。
このことは、PEG含浸処理した木材からのPEGの除去が困難としても、木材を構成するセルロース、リグニン、あるいは更にそれらを分解した分解物の段階で、PEGの除去が容易な段階があれば、木材をその段階まで分離または分解して、PEGを除去すればよいことを示唆している。
どの段階で、PEGの除去が容易になるかは、実験による実証を待たねばならないが、セルロースを分解して得られるブドウ糖の段階では、ブドウ糖とPEGとの化学的性状の違い、分子量の違いから、その分離は極めて容易であると推定される。
構造や組成が複雑な木材よりも、ブドウ糖のような単純な化合物の方が精製、純化は容易であり、膜分離またはクロマトグラフィー等でPEGと分離したブドウ糖は、AAA処理不要で、炭素化に用いることができる。
4.新しい方法の提案
PEG含浸保存処理した遺存木材の14C測定におけるPEGの影響を回避する方法として、「PEG含浸処理した木材を加水分解し、分解により生成するブドウ糖を用いて、AMS試料用の炭素を調製する方法」を提案したい。
5.この方法の実施可能性
5.1 技術的可能性
リグニンの分解は困難だが、ブドウ糖を構成単位とする高分子であるセルロースの加水分解は容易であり、木材からのブドウ糖製造は、工業的規模で各国で過去に試行されている。(←北海道立林産試験場:林業指導所月報、3〜99頁(1956年3月号(木材糖化特集))。
実験室的規模での木材からのブドウ糖の調製は技術的に容易であろう。
5.2 必要な試料量
AMSに必要とされる炭素は0.2〜1mgとされるが、分子式から計算すると、炭素1mgはブドウ糖2.5mg、セルロース約2.25mgに相当し、木材換算では約4.5mgあれば足りることになる。実験中のロスを大きく見積もっても、その10倍量、45mgの木材があれば十分であろう。
技術的な難点もなく、試料量もわずかで済むので、この方法の実施は可能と推定する。
6.この方法の利点
この方法の利点は、PEG含浸処理やその他の不純物の影響を受けない、木材本来の炭素試料の調製が可能なことで、従って木材本来の14Cを測定できることである。
追伸:
ラクチトールも含浸処理に用いられるが、ラクチトールは二糖類の糖アルコールであり、低分子で、水に対する溶解度が高く、しかもAAA処理時の酸処理により、加水分解される。ラクチトールによる含浸処理木材のAMSによる14C測定についての報告は把握していないが、ラクチトールは通常のAAA処理により木材から容易に除去されると推定され、測定結果に及ぼす含浸処理の影響は無いであろう。 以上
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