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狭山池 埋蔵文化財編

書名:狭山池 埋蔵文化財編
発行年月日:1998年3月31日
発行・編集者:狭山池調査事務所
印刷所:河北印刷株式会社
編著者:市川秀之・植田隆司・光谷拓実・渡邉正巳
体裁:本文505頁・図版126頁、紙質/本文頁=書籍紙・図版頁=高白コ−ト紙・表紙=クロス製ハードカバー
所収遺跡:狭山池(北堤堤体・木製枠工・中樋遺構・東樋遺構・西樋遺構・東岸部・西除崩壊部・狭山池1号窯・狭山池2号窯・狭山池3号窯・狭山池4号窯)、東池尻1号窯、池尻遺跡、池尻城跡
HTML版作成:Takashi Ueda, E-mail:webadmin@skao.net
配布Web Site:南河内考古学研究所
配布開始年月日:2002年1月25日(試用)
最終更新年月日:2003年7月30日

ごあいさつ

狭山池では、現在、農業用水の溜池から洪水調節機能を有するダム化への大改修工事がすすめられています。この工事に先立ち、狭山池が大阪府の「史蹟名勝」に指定されているところから、市内在住の考古学者末永雅雄博士のご提唱により、大阪府土木部のご理解とご協力のもとに狭山池調査事務所を設立し、文化財の調査事業にあたってきました。
狭山池調査事務所では平成元年度以来、発掘調査を中心とした調査をおこなってまいりましたが、検出された北堤断面や樋の遺構については、調査時から大きな話題となりました。
またその他の分野についても、関係する地域の古文書や絵図などの文献史料の調査や、築造技術や災害の痕跡などについての科学的調査を総合的におこなってまいりました。その成果の報告としてすでに『絵図に描かれた狭山池』や『ふるさとの風景』を、また正式な報告書の第1冊として『狭山池』史料編を刊行しております。本報告書は狭山池調査の第2冊目の報告書として、埋蔵文化財調査の成果を掲載しております。この報告書が今後、狭山池をはじめとする溜池研究に役立つことを念願してやみません。
最後になりましたが、発掘調査時にご指導、ご協力を頂いた皆様に厚くお礼を申し上げます。

平成10年3月
狭山池調査事務所 理事長 岡本修一

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序 文

本書は3章より成り、第1章を序章とする。
狭山池調査事務所においては、1987年の創設以来、狭山池および周辺の発掘調査に務めてきた。遺跡遺構のもつ情報量は大きく価値高いものがある。
さきに『狭山池』史料編を刊行し、本書は狭山池の埋蔵文化財編として発掘調査の経過および調査結果を報告する。本書以外の研究諸調査は第3冊として報告が次に出版される。序説につづく第2章は多くの遺構の発掘調査の経過とその結果等を述べているが、具体例の二、三を示す。その一は樋についてである。北堤付近で中樋・東樋・西樋の遺構が見出されたが、中樋において石棺が鎌倉時代以来使用されたようである。重源狭山池改修碑を残した重源による改修が有名である。東樋遺構は上下2本あるが、下層遺構によって狭山池築造の時期が推知され7世紀初頭とされる。中樋遺構は西樋遺構と同様に慶長13年(1608)の改修工事の時築造されている。東樋上層も同年築造されたらしい。これらの築造には樋本体に木材使用が著しいが、船材が利用されており、近世初頭の造船技術を伝えて応用したことが考えられる。
狭山池周辺部の例として東岸部の発掘調査がある。これによると古墳時代の大溝や建物跡が確認された。建物跡は大阪狭山市において古墳時代のはじめての建物跡である。
次に狭山池および近辺における須恵器窯跡発掘調査により出土した須恵器が注意される。狭山池はもっとも主要な須恵器の生産地域である。狭山池1号より4号、東池尻1号の窯と名つけている。1号窯灰原より出土した遺物により狭山池築造時期の上限と下限が特定され、7世紀初期以後の年代が与えられている。池尻遺跡(2)において、南側に古墳時代の水田の上に須恵器窯の灰原などの間層があり、その上にまた水田中心の遺構が出土している。
第3章は考察と題している。第1・2節は池尻遺跡において発掘した花粉および珪藻などの分析調査により堆積年代を推定し、池の築造との関連を考え、第3節は狭山池出土の東樋・中樋の遺構の木樋の年輪年代を明らかにする。第4節狭山池および近辺の多数の窯跡より資料を採取して、その形式の確認に務める。第5・6節は発掘成果より考えて築造以前より鎌倉時代また慶長の改修さらにそれ以降の狭山池の規模構成等を検討する。全体的には樋や須恵器の諸地域にわたり多数の発掘調査の総括的記述を意図したものがあると考える。
以上は恣意的に若干の項目記述を紹介したに過ぎぬ。その発掘調査は綿密周到に企画し準備して行われている。その成果はわが国における土木技術・農業技術の歴史資料としても価値高いものがある。しかし狭山池調査はこれで完了したわけではない。
さて、発掘調査の主要な対象となる取水部・樋管・排水部等についての形式面・構造面・技術面において、地域や時期によって差のあるを検討する。他方において農業用溜池の灌漑機能を調査してその関連を追及する。狭山池が溜池としてわが国において最も古く築造され、大規模であったことは疑いない。
ところで近代には洪水調節目的の治水ダム工事が進展し、農業用水の貯水量を常時確保するとともに、池底を掘り下げ堤防をかさ上げして、洪水調節容量を具えるダム本体工事が諸地に見られる。利水用の溜池工事とともに治水用ダム工事について、今日までの経過を狭山池として対応し比較するはいかがであろう。これにより狭山池の歴史上の位置、文化的技術的地位が知られるであろう。

平成10年3月
小葉田 淳

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例 言

  1. 本書は狭山池のダム化工事にともなう発掘調査の報告書である。なお狭山池は大阪狭山市岩室に所在する。
  2. 発掘調査及びそれにともなう整理作業は大阪府土木部の委託により、狭山池調査事務所が実施した。
  3. 発掘調査は1988年から1996年まで行った。
  4. 発掘調査は市川秀之植田隆司が行った。
  5. 本書の執筆は第1章・第2章第1〜3節(2節中樋石棺部分を除く)・第5節・第3章第5・6節は市川が、第2章第2節(中樋石棺部分)・第4節・第3章第4節は植田が行った。また、分析結果については、第3章第1・2節を渡邉正巳氏(川崎地質株式会社)に、第3章第3節を光谷拓実氏(奈良国立文化財研究所)に執筆を依頼した。
    写真撮影は阿南辰秀伊藤慎司が行った。
    製図は笹岡裕里子橋本和美山崎和子若宮美佐が行った。
  6. 発掘調査及び整理作業については以下の方々の参加と協力を得た。(五十音順)
    井穴俊一稲岡亜希井上恭輔植山てる江尾崎彩大塚貴幸柿木宏文川口真一吉川邦子五福實幸阪口勝昭桜渕繁太郎高林正男津野忠之塔本真知子中尾美津江中里伸明西田君代沼間恵子橋本幸男林奈智香扶川陽子松川友和森亮森岡大生安有美子矢田直樹
  7. 発掘調査および保存処理については、以下の機関の協力を得た。
    飛鳥建設、大阪府農林技術センター、大阪府文化財調査研究センター、大林組・佐藤工業・奥村組共同企業体、近畿ウレタン、狭山池土地改良区、写測エンジニアリング、大晃建設
  8. 発掘調査および保存処理については、以下の方々をはじめとする多くの諸氏ならびに諸機関の御指導、御教示を得た。記して感謝する次第である。(五十音順、団体内五十音順)
    荒崎博石上英一泉森皎上田宏範大山喬平奥田尚門脇禎二勝部明生神吉和夫金田章裕木越邦彦熊井久雄小山靖憲佐伯俊源坂井秀弥栄原永遠男辰巳眞千賀久筒井寛秀坪之内徹出口晶子中尾芳治中村俊夫畑大介服部英雄広瀬和雄堀田啓一堀池春峰松木哲村田修三森浩一森勇一吉川周作
    有井宏子石神怡井藤徹大谷治孝小山田宏一芝野圭之助瀬川健田中和弘広瀬雅信堀江門也山上弘山本彰(大阪府教育委員会)
    江浦洋小林義孝鋤柄俊夫坪井清足山口誠治(大阪府文化財調査研究センター)
    工楽善通沢田正昭舘野和己田中琢光谷拓実(奈良国立文化財研究所)
  9. 狭山池調査の全般にわたっては狭山池調査委員の御指導を得た。
    小葉田淳(委員長)・網干善教石野博信井上薫今本博健日下雅義粉川昭平外山秀一豊田兼典永島福太郎西田一彦福島雅蔵三田村宗樹山口之夫
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目 次

第1章 序章


第1節 調査にいたる経過:1
第2節 狭山池周辺の自然環境:4
第3節 狭山池周辺の歴史環境:8
第4節 狭山池をめぐる研究史(1.考古学 2.文献史学 3.地理学 4.自然科学):11
第2章 調査の結果


第1節 北堤堤体の調査:15
  1. 北堤断面(1.調査の経過 2.調査の方法 3.大層序の特色 4.遺物 5.西側断面 6.各層の年代について 7.東樋遺構部分の断面について 8.第12層の築堤方法について 9.小結):15
  2. 木製枠工(1.調査の経過 2.遺構 3.遺物 4.小結):61
第2節 樋の調査:66
  1. 中樋遺構(1.調査の経過 2.遺構 3.遺物 4.小結):66
  2. 東樋上層遺構(1.調査の経過 2.遺構の概況 3.取水部 4.樋管 5.排水部 6.墨書 7.刻印等 8.遺物 9.小結):100
  3. 東樋下層遺構(1.遺構の概況 2.取水部 3.樋管 4.排水部 5.小結):117
  4. 西樋遺構(1.調査の経過 2.遺構 3.遺物 4.小結):129
第3節 池周囲の調査:197
  1. 東岸部の調査(1.調査の経過 2.基本層序と調査区内の自然地形 3.遺構と遺物 4.小結):197
  2. 西除崩壊部の調査(1.調査の経過 2.遺構の概要 3.遺構の性格):204
第4節 須恵器窯の調査:209
  1. 狭山池1号窯(1.調査の経過 2.層序 3.遺構 4.出土遺物 5.小結):209
  2. 狭山池2号窯(1.調査の経過 2.遺構と層序 3.出土遺物 4.小結):299
  3. 狭山池3号窯(1.調査の経過 2.遺構と層序 3.出土遺物 4.小結):317
  4. 狭山池4号窯(1.調査経過 2.遺構と層序 3.出土遺物 4.小結):361
  5. 東池尻1号窯(1.調査の経過 2.遺構 3.遺物 4.小結):373
第5節 下流遺跡の調査:413
  1. 池尻遺跡(1)(1.調査の経過 2.遺構と遺物 3.小結):413
  2. 池尻遺跡(2)(1.調査の経過 2.層序 3.遺構と遺物 4.小結):431
  3. 池尻城跡(1.調査の経過 2.遺構 3.小結):444
第6節 出土遺物・遺構の保存処理(1.はじめに 2.木製枠工 3.中樋遺構本体等 4.中樋遺構出土石棺 5.中樋遺構出土重源狭山池改修碑 6.東樋遺構 7.西樋遺構 8.西樋遺構出土鉄製品 9.北堤敷葉層 10.小結):448
第3章 考察


第1節 池尻遺跡(2)における花粉分析(1.はじめに 2.試料について 3.花粉分析方法および分析結果 4.花粉分帯 5.堆積年代について 6.古環境変化 7.まとめ):455
第2節 池尻遺跡(1)・狭山池ボーリングの珪藻・花粉分析(1.はじめに 2.試料について 3.分析方法 4.分析結果 5.考察 6.まとめ):460
第3節 狭山池出土木樋の年輪年代(1.はじめに 2.東樋遺構 3.中樋遺構):470
第4節 TK217型式の類型化および他型式との相対評価 -狭山池1号窯およびその近辺の窯跡資料を中心に-(1.はじめに 2.比較基準の設定 3.陶邑窯跡群資料のTK217型式に至るまでの変遷過程 4.TK217型式に分類される窯跡資料の細分類 5.狭山池およびその近辺の窯跡資料 6.まとめ):472
第5節 狭山池出土の樋の復元と系譜(1.樋の形態と類型 2.狭山池出土の樋の復元 3.樋の系譜):479
第6節 発掘成果からみた各時代の狭山池(1.はじめに 2.各時代の狭山池の規模 3.狭山池築造以前 4.築造時の狭山池 5.奈良時代の狭山池 6.鎌倉時代の狭山池 7.慶長改修時以降の狭山池 8.小結):495

題字 小葉田 淳

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図・写真・表目次

口絵
中樋遺構出土 重源狭山池改修碑
中樋遺構全景
東樋上層遺構
東樋下層遺構
西樋上層遺構
北堤断面全景
木製枠工全景
狭山池1号窯全景
付図1〜4 北堤断面図(中樋地点), 木製枠工平立面図, 東樋上層・下層遺構平立面図, 中樋遺構平立面図


[1章]
図1 狭山池北堤付近の遺構位置図:2
図2 発掘調査箇所位置図:3
図3 狭山池周辺地形分類図:6
図4 狭山池周辺等高線図:7
図5 狭山池周辺遺跡分布図:9

[2章]
図6 北堤断面図(中樋地点東側):17
図7 第6層・第7層の土壌層(スクリーントーンが土壌層):20
図8 第8層にみられる液状化の跡:20
図9 第8層上流側斜面の滑り痕:21
図10 北堤第10層灰土層平断面図:22
図11 第10層の敷葉(スクリーントーンは有機物層・波線は敷葉層):23
図12 第11層の滑り痕:23
図13 第12層にみられる有機物層:24
図14 第12層の敷葉(スクリーントーンは有機物層・波線は敷葉層):25
図15 堤体内出土遺物(1):26
図16 堤体内出土遺物(2):27
図17 北堤断面図(中樋地点西側):28
図18 北堤断面図(東樋地点 東側・西側):31
図19 東樋地点東側断面第7層の敷葉・土嚢積み(スクリーントーンが土嚢・波線が敷葉層):32
図20 最初の堤体の築堤方法:34
図21 北堤断面部分図の位置:35
図22 北堤灰土層出土遺物(1):36
図23 北堤灰土層出土遺物(2):37
図24 北堤灰土層出土遺物(3):38
図25 北堤灰土層出土遺物(4):39
図26 北堤灰土層出土遺物(5):40
図27 北堤灰土層出土遺物(6):41
図28 敷葉出土状況:42
図29 木製枠工断面図:62
図30 木製枠工における材木の接着方法:62
図31 木製枠工土層断面図:63
図32 木製枠工出土遺物実測図:64
図33 木製枠工と中樋遺構の位置関係図:64
図34 中樋遺構平立面図:67
図35 尺八樋の名称:68
図36 中樋遺構樋本体平断面図:69
図37 中樋遺構樋本体内面断面見通し図:70
図38 中樋遺構樋本体平正面立面図(左)・同背面立面図(右):71
図39 扇板立断面図:73
図40 石組立断面図:74
図41 石棺6・7背後の裏込め石平面図:75
図42 石棺1背後の裏込め石平立面図:75
図43 重源狭山池改修碑実測図:77
図44 重源狭山池改修碑の擦り痕(上)・ノミ痕(下)拓影:77
図45 重源狭山池改修碑拓影実測図:79
図46 中樋遺構出土石棺の呼称:83
図47 中樋遺構出土 石棺1:84
図48 中樋遺構出土 石棺2:85
図49 中樋遺構出土 石棺3:86
図50 中樋遺構出土 石棺4:89
図51 中樋遺構出土 石棺5:90
図52 中樋遺構出土 石棺6:91
図53 中樋遺構出土 石棺7:92
図54 中樋遺構出土 石棺8:93
図55 中樋遺構出土 石棺9:94
図56 中樋遺構出土 石棺10:90:95
図57-1 昭和初期出土の石棺:98
図58 東樋上層・下層遺構東西断面図 付図4a地点:101
図59 東樋上層遺構東西断面図 付図4b地点:101
図60 東樋上層遺構取水部平面図:102
図61 東樋上層遺構取水部立面図(南から):103
図62 東樋上層遺構取水部立面図(西から):104
図63 東樋上層遺構取水部断面見通し図(記号は図60に対応):105
図64 東樋上層遺構排水部平立面図:107
図65 東樋上層遺構墨書トレース図(1):109
図66 東樋上層遺構墨書トレース図(2):110
図67 東樋上層遺構墨書トレース図(3):111
図68 東樋上層遺構刻印トレース図(1):113
図69 東樋上層遺構刻印トレース図(2):114
図70 東樋上層遺構出土遺物実測図:115
図71 狭山池北側の水掛り図(1987年調査):116
図72 東樋下層遺構東西断面図:117
図73 東樋下層遺構南北土層断面図:118
図74 東樋下層遺構取水部平立面図:120
図75 東樋下層遺構取水部断面見通し図:121
図76 樋管の接続方法:123
図77 樋管の概念図:125
図78 東樋下層遺構柱部分断面図:126
図79 東樋下層遺構排水部平立面図:126
図80 西樋遺構付近の土層柱状図:129
図81 西樋遺構上層遺構平面図:130
図82 西樋遺構土留1立面図(1→正面、2→背面)、シガラミ立面図(正面から):131
図83 西樋遺構土留2立面・断面見通し図:132
図84 西樋遺構土留3立面・断面見通し図:133
図85 西樋遺構土留4立面・断面図:134
図86 西樋遺構 上層遺構と下層遺構の関係(スクリーントーンが上層遺構):135
図87 西樋下層遺構全体平面図:136
図88 西樋遺構本体平面・正面図:137
図89 西樋遺構本体断面・側面図:138
図90 西樋遺構断面見通し図(主軸方向):139
図91 前方の柱と側板の組合せ法:140
図92 後方の柱と側板の組合せ法:140
図93 板材と梁材の組合せ法:140
図94 西樋遺構木製枠工・扇板立面図:141
図95 木製枠工東西土層断面図:142
図96 材木1において観察できる加工痕:145
図97 構造船の構造(『船』世界文化社より):147
図98 西樋遺構出土材木実測図(1):150
図99 西樋遺構出土材木実測図(2):151
図100 西樋遺構出土材木実測図(3):152
図101 西樋遺構出土材木実測図(4):153
図102 西樋遺構出土材木実測図(5):154
図103 西樋遺構出土材木実測図(6):155
図104 西樋遺構出土材木実測図(7):156
図105 西樋遺構出土材木実測図(8):157
図106 西樋遺構出土材木実測図(9):158
図107 西樋遺構出土材木実測図(10):159
図108 西樋遺構出土材木実測図(11):160
図109 西樋遺構出土材木実測図(12):161
図110 西樋遺構出土材木実測図(13):162
図111 西樋遺構出土材木実測図(14):163
図112 西樋遺構出土材木実測図(15):164
図113 西樋遺構出土材木実測図(16):165
図114 西樋遺構出土材木実測図(17):166
図115 西樋遺構出土材木実測図(18):167
図116 西樋遺構出土材木実測図(19):168
図117 西樋遺構出土材木実測図(20):169
図118 西樋遺構出土材木実測図(21):170
図119 西樋遺構出土材木実測図(22):171
図120 西樋遺構出土材木実測図(23):172
図121 西樋遺構出土材木実測図(24):173
図122 西樋遺構出土材木実測図(25):174
図123 西樋遺構出土材木実測図(26):175
図124 西樋遺構出土材木実測図(27):176
図125 西樋遺構出土材木実測図(28):177
図126 西樋遺構出土材木実測図(29):178
図127 西樋遺構出土材木実測図(30):179
図128 西樋遺構出土材木実測図(31):180
図129 西樋遺構出土材木実測図(32):181
図130 西樋遺構出土材木実測図(33):182
図131 西樋遺構出土材木実測図(34):183
図132 西樋遺構出土材木実測図(35):184
図133 西樋遺構出土材木実測図(36):185
図134 西樋遺構出土材木実測図(37):186
図135 西樋遺構出土材木の刻印・刻字(1):187
図136 西樋遺構出土材木の刻印・刻字(2):188
図137 西樋遺構樋本体柱の墨書:188
図138 西樋遺構出土金属器実測図(1):190
図139 西樋遺構出土金属器実測図(2):191
図140 西樋遺構出土金属器実測図(3):192
図141 西樋遺構出土金属器実測図(4):193
図142 西樋遺構出土金属器実測図(5):194
図143 西樋遺構出土金属器実測図(6):195
図144 東岸部遺構平面図:198
図145 東岸部東西断面図:199
図146 大溝東西断面図:200
図147 建物跡平面図:201
図148 東岸部出土遺物実測図:202
図149 西除崩壊遺構配置図:204
図150 西除崩壊部石組1平立面図:205
図151 西除崩壊部石組2平面図:206
図152 狭山池西除ヶ略絵図トレース図(田中家文書):207
図153 狭山池1号窯と池尻遺跡(2)の位置関係:210
図154 狭山池1号窯灰原土層断面図:210
図155 狭山池1号窯灰原平面図(1):212
図156 狭山池1号窯灰原平面図(2):213
図157 狭山池1号窯灰原平面図(3):214
図158 狭山池1号窯灰原平面図(4):215
図159 狭山池1号窯灰原出土遺物(1)下層灰原:222
図160 狭山池1号窯灰原出土遺物(2)下層灰原:223
図161 狭山池1号窯灰原出土遺物(3)下層灰原:224
図162 狭山池1号窯灰原出土遺物(4)下層灰原:225
図163 狭山池1号窯灰原出土遺物(5)中層灰原:226
図164 狭山池1号窯灰原出土遺物(6)中層灰原:227
図165 狭山池1号窯灰原出土遺物(7)中層灰原:228
図166 狭山池1号窯灰原出土遺物(8)上層灰原:229
図167 狭山池1号窯灰原出土遺物(9)中層灰原:230
図168 狭山池1号窯灰原出土遺物(10)上層灰原:231
図169 狭山池1号窯灰原出土遺物(11)上層灰原:232
図170 狭山池1号窯灰原出土遺物(12)上層灰原:233
図171 狭山池1号窯灰原出土遺物(13)上層灰原:234
図172 狭山池1号窯灰原出土遺物(14)上層灰原:235
図173 狭山池1号窯灰原出土遺物(15)上層灰原:236
図174 狭山池1号窯灰原出土遺物(16)上層灰原:237
図175 狭山池1号窯灰原出土遺物(17)上層灰原:238
図176 狭山池1号窯灰原出土遺物(18)表面採集:239
図177 狭山池1号窯灰原出土遺物(19)表面採集:240
図178 狭山池1号窯灰原出土遺物(20)下層灰原:241
図179 狭山池1号窯灰原出土遺物(21)下層灰原:242
図180 狭山池1号窯灰原出土遺物(22)下層灰原:243
図181 狭山池1号窯灰原出土遺物(23)下層灰原:244
図182 狭山池1号窯灰原出土遺物(24)下層灰原:245
図183 狭山池1号窯灰原出土遺物(25)(583〜586中層灰原 587〜589上層灰原):246
図184 狭山池1号窯灰原出土遺物(26)上層灰原:247
図185 狭山池1号窯灰原出土遺物(27)上層灰原:248
図186 狭山池1号窯灰原出土遺物(28)上層灰原:249
図187 狭山池1号窯灰原出土遺物(29)上層灰原:250
図188 狭山池1号窯灰原出土遺物(30)上層灰原:251
図189 狭山池1号窯灰原出土遺物(31)上層灰原:252
図190 狭山池1号窯灰原出土遺物(32)(627上層灰原 628・629表面採集):253
図191 狭山池1号窯灰原出土遺物(33):254
図192 狭山池1号窯灰原出土遺物(34):255
図193 狭山池1号窯灰原出土遺物(35):256
図194 狭山池2号窯灰原平断面図:300
図195 狭山池2号窯灰原土層断面図:301
図196 狭山池2号窯灰原出土遺物(1)(1〜14上層灰原 15〜22中層灰原):303
図197 狭山池2号窯灰原出土遺物(2)(23〜32中層灰原):304
図198 狭山池2号窯灰原出土遺物(3)(33〜44中層灰原 45〜59下層灰原):305
図199 狭山池2号窯灰原出土遺物(4)(60〜73下層灰原 74〜78表面採集):306
図200 狭山池2号窯灰原出土遺物(5)(中層灰原):307
図201 狭山池2号窯灰原出土遺物(6)(下層灰原):308
図202 狭山池2号窯灰原出土遺物(7)(下層灰原):309
図203 狭山池3号窯灰原土層断面図:318
図204 狭山池3号窯灰原平面図:319
図205 狭山池3号窯灰原形成前原地形図:上図:322
図206 調査区位置図:下図:322
図207 狭山池東岸の旧地形(大正の改修以前)(「狭山池法下耕地整理地区及び之ニ隣接スル土地現形并予定図」):下図:323
図208 狭山池3号窯灰原出土遺物(1)(1〜12上層灰原 13〜22下層灰原):325
図209 狭山池3号窯灰原出土遺物(2)下層灰原:326
図210 狭山池3号窯灰原出土遺物(3)下層灰原:327
図211 狭山池3号窯灰原出土遺物(4)下層灰原:328
図212 狭山池3号窯灰原出土遺物(5)下層灰原:329
図213 狭山池3号窯灰原出土遺物(6)トレンチ内:330
図214 狭山池3号窯灰原出土遺物(7)トレンチ内:331
図215 狭山池3号窯灰原出土遺物(8)トレンチ内:332
図216 狭山池3号窯灰原出土遺物(9)上層灰原:333
図217 狭山池3号窯灰原出土遺物(10)(122・123上層灰原 124表面採集 125下層灰原):334
図218 狭山池3号窯灰原出土遺物(11)下層灰原:335
図219 狭山池3号窯灰原出土遺物(12)下層灰原:336
図220 狭山池3号窯灰原出土遺物(13)下層灰原:337
図221 狭山池3号窯灰原出土遺物(14)下層灰原:338
図222 狭山池3号窯灰原出土遺物(15)下層灰原:339
図223 狭山池3号窯灰原出土遺物(16)下層灰原:340
図224 狭山池3号窯灰原出土遺物(17)下層灰原:341
図225 狭山池3号窯灰原出土遺物(18)下層灰原:342
図226 狭山池3号窯灰原出土遺物(19)下層灰原:343
図227 狭山池3号窯灰原出土遺物(20)トレンチ内:344
図228 狭山池3号窯灰原出土遺物(21)トレンチ内:345
図229 狭山池3号窯灰原出土遺物(22)トレンチ内:346
図230 狭山池4号窯灰原土層断面図:362
図231 狭山池4号窯灰原平面図:363
図232 狭山池4号窯灰原出土遺物(1):365
図233 狭山池4号窯灰原出土遺物(2):366
図234 狭山池4号窯灰原出土遺物(3):367
図235 東池尻1号窯焼成部平面図(1):375
図236 東池尻1号窯焼成部平面図(2)・土層断面図(1):376
図237 東池尻1号窯平面図:377
図238 東池尻1号窯土層断面図(2):378
図239 東池尻1号窯土層断面図(3):379
図240 東池尻1号窯出土遺物(1)(1〜23第1次焼成床面 24〜29第2次焼成床面):384
図241 東池尻1号窯出土遺物(2)(30〜35第3次焼成床面 36〜60灰原):385
図242 東池尻1号窯出土遺物(3):386
図243 東池尻1号窯出土遺物(4):387
図244 東池尻1号窯出土遺物(5):388
図245 東池尻1号窯出土遺物(6):389
図246 東池尻1号窯出土遺物(7):390
図247 東池尻1号窯出土遺物(8):391
図248 東池尻1号窯出土遺物(9):392
図249 東池尻1号窯出土遺物(10):393
図250 東池尻1号窯出土遺物(11):394
図251 東池尻1号窯出土遺物(12)(灰原2次堆積層出土遺物):395
図252 東池尻1号窯出土遺物(13)(灰原2次堆積層出土遺物):396
図253 東池尻1号窯出土遺物(14):397
図254 池尻遺跡(1)A・D調査区遺構平面図:414
図255 池尻遺跡(1)A・D調査区東壁断面:415
図256 池尻遺跡(1)A・D調査区出土遺物(1)落ち込み1:418
図257 池尻遺跡(1)A・D調査区出土遺物(2)落ち込み1:419
図258 池尻遺跡(1)A・D調査区出土遺物(3)落ち込み1:420
図259 池尻遺跡(1)A・D調査区出土遺物(4)落ち込み1:421
図260 池尻遺跡(1)A・D調査区出土遺物(5)(68〜70石組 71ピット3 72ピット7 73土坑3 74・75土坑1):422
図261 池尻遺跡(1)A・D調査区出土遺物(6)落ち込み1出土鉄製品:423
図262 池尻遺跡(1)B調査区 第3遺構面平面・南壁断面図:424
図263 池尻遺跡(1)C調査区 第2遺構面平面・西壁断面図:426
図264 池尻遺跡(1)C調査区 第3遺構面平面図:427
図265 池尻遺跡(1)C調査 第4遺構面平面図:427
図266 池尻遺跡(1)C調査区 第5遺構面平面図:428
図267 池尻遺跡(1)C調査区出土遺物:429
図268 池尻遺跡(1)付近の小字図:430
図269 池尻遺跡(2)東西断面図:432
図270 砂層出土遺物実測図:433
図271 盛土遺構平面図:434
図272 水田遺構平面図:435
図273 大畦と小畦:437
図274 灰原の広がり:438
図275 池尻遺跡(2)トレンチ内出土遺物実測図:439
図276 池尻遺跡(2)包含層出土遺物(1):440
図277 池尻遺跡(2)包含層出土遺物(2):442
図278 池尻城跡調査区位置図:444
図279 池尻城跡遺構平面図:445
図280 池尻城跡樋平断面図:446

[3章]
図281 木製枠工ウレタン梱包状況(スクリーントーン部分がウレタン):449
図282 木製枠工PEG液散布状況:450
図283 東樋遺構含浸状況:452
図284 試料採集地点:455
図285 No.1地点の花粉ダイアグラム:457
図286 No.2地点の花粉ダイアグラム:458
図287 試料採集地点:460
図288 池尻遺跡(1)No.1地点の珪藻ダイアグラム:462
図289 池尻遺跡(1)No.1地点の珪藻総合ダイアグラム:462
図290 池尻遺跡(1)No.2地点の珪藻ダイアグラム:463
図291 池尻遺跡(1)No.2地点の珪藻総合ダイアグラム:463
図292 池尻遺跡(1)No.3地点の珪藻ダイアグラム:464
図293 池尻遺跡(1)No.3地点の珪藻総合ダイアグラム:465
図294 狭山池ボーリング+E301 No.2の珪藻ダイアグラム:466
図295 狭山池ボーリングNo.2の珪藻総合ダイアグラム:467
図296 狭山池ボーリングNo.2の花粉ダイアグラム:468
図297 陶邑窯跡群主要窯跡の杯身法量(1):473
図298 陶邑窯跡群主要窯跡の杯身法量(2):473
図299 陶邑窯跡群主要窯跡の杯身法量(3):473
図300 陶邑窯跡群主要窯跡の杯身たちあがり(1):473
図301 陶邑窯跡群主要窯跡の杯身たちあがり(2):474
図302 陶邑窯跡群主要窯跡の杯身たちあがり(3):474
図303 陶邑窯跡群主要窯跡の杯身法量(4):474
図304 陶邑窯跡群主要窯跡の杯身たちあがり(4):474
図305 陶邑窯跡群主要窯跡の杯身たちあがり(5):474
図306 狭山池1号窯(下層灰原)の杯身法量:475
図307 狭山池1号窯(中層灰原)の杯身法量:475
図308 狭山池1号窯(上層灰原)の杯身法量:475
図309 狭山池1号窯(下層灰原)の杯身たちあがり:475
図310 狭山池1号窯(中層灰原)の杯身たちあがり:475
図311 狭山池1号窯(上層灰原)の杯身たちあがり:476
図312 狭山池2号窯の杯身法量:476
図313 狭山池3号窯の杯身法量:476
図314 東池尻1号窯の杯身法量:477
図315 狭山池2号窯・3号窯の杯身たちあがり:477
図316 東池尻1号窯の杯身たちあがり:477
図317 狭山池4号窯の杯身法量:477
図318 狭山池4号窯の杯身たちあがり:478
図319 東樋下層遺構取水部(細かいトーン;上部構造・粗いトーン;土留・トーンなし;下部構造):478
図320 東樋下層遺構(奈良時代)・取水部復元図(全体):481
図321 東樋下層遺構(奈良時代)・取水部復元図(部分):481
図322 「石造物発見図」(『狭山池改修誌』より):482
図323 「樋管実測図」(『狭山池改修誌』より):482
図324 中世石樋復元図:483
図325 「河内国丹南郡狭山池東樋絵図」(田中家文書)トレース図(東樋は中樋のこと):486
図326 「河内国丹南郡西樋絵図」(田中家文書)トレース図:486
図327 西樋復元図(S=1/150):487
図328 「樋管伏設全景図」トレース図:488
図329 山賀遺跡出土の樋(『山賀』その2より):489
図330 鶴田池東遺跡出土木樋(『西浦橋・鶴田池東遺跡発掘調査概要』より):490
図331 水城取水口復元図(『特別史跡水城』より):491
図332 益田出土木樋(泉森皎「益田池の考古学的調査」より):491
図333 益田池出土木樋復元図(泉森皎「益田池の考古学的調査」より):492
図334 田原本町における溜池面積の推移(宮本誠『奈良盆地の水土史』より):492
図335 狭山池内の等高線図(三田村宗樹「既存ボーリング資料のデータベース化と狭山池堆積物の分布状況」より):495
図336 堤体高と余裕高の関係:496
図337 北堤以北の旧流路(日下雅義『歴史時代の地形環境』所載図に加筆):497
図338 慶長期の狭山池灌漑範囲(縦線:西樋掛り・横線:中樋掛り・点:狭山池太満池直法):498
図339 築造期の狭山池(斜線部は近世の人工掘削箇所):498
図340 堤体の高さと周辺地形:499
図341 狭山池・太満池堤体の段丘の標高:500
図342 昭和改修以前の狭山池:502
図343 慶長改修時の狭山池:504
写真
[1章]
写真1 現地説明会(池尻遺跡2):2
写真2 作業風景(東樋遺構):2
写真3 写真3 工事前の狭山池内(1987年冬):5
写真4 写真4 工事前の狭山池(1985年 北側上空から):5

[2章]
写真68 東岸部全景(南から):197
写真69 大溝全景(北から):200
写真70 大溝の内部(南から):200
写真71 建物跡の炉付近:200
写真72 石組溝1:203
写真73 石組溝2:203
写真74 土坑1:203
写真75 土坑2周辺の遺構(南から):203
写真76 石組1:206
写真77 石組2:206
写真78 狭山池1号窯と北堤:209
写真79 下層灰原遺物検出状況:216
写真80 下層灰原直下のピット群:217
写真81 2号窯灰原と狭山池:299
写真82 狭山池2号窯灰原:299
写真83 狭山池3号窯灰原断面:317
写真84 下層灰原遺物出土状況:320
写真85 灰原層以前のピット列:321
写真86 東池尻1号窯の位置(南上空から):373
写真87 窯体遠景(西から):374
写真88 灰原遠景:377
写真89 池尻遺跡(1)調査区:413
写真90 落ち込み1:416
写真91 石組A:416
写真92 落ち込み1土器出土状況:417
写真93 土坑1土器出土状況:417
写真94 B調査区全景:417
写真95 C調査区第2遺構面:425
写真96 第4遺構面の水田:425
写真97 池尻遺跡(2)と狭山池北堤:431
写真98 灰原層と水田作土層:431
写真99 一番小さい水田:436
写真100 水田に遺された足跡:436
写真101 畑全景:438
写真102 溜池3の樋:446

[3章]
写真103 木製枠工の梱包作業:448
写真104 木製枠工の吊り上げ作業:450
写真105 東樋遺構のプールへの搬入:451
写真106 石棺7:482
写真107 石棺10:482
写真108 西樋復元模型:486
写真109 取水塔全景:489
写真110 取水塔の橋:489
写真111 狭山池巡見絵図:503
写真112 御巡見御改狭山池絵図:503
写真113 河内国丹南郡狭山池図面:503
[1章]
表1 年度ごとの発掘調査:2
表2 堺・河内長野の年間降水量:5

[2章]
表3 大層序とその年代:17
表4 狭山池北堤の工事(『狭山池改修誌』より作成):29
表5 史料に記された堤の高さ:30
表6 北堤灰土層出土遺物観察表:43
表7 北堤断面土層表:52
表8 樋管砂蓋の墨書:111
表9 東樋下層遺構の樋管材・蓋板材:122
表10 西樋遺構出土材木観察表:147
表11 西樋遺構出土金属器数量表:189
表12 狭山池1号窯下層灰原出土遺物観察表:257
表13 狭山池1号窯中層灰原出土遺物観察表:266
表14 狭山池1号窯上層灰原出土遺物観察表:272
表15 狭山池1号窯灰原表面採集遺物観察表:294
表16 狭山池2号窯上層灰原出土遺物観察表:310
表17 狭山池2号窯中層灰原出土遺物観察表:311
表18 狭山池2号窯下層灰原出土遺物観察表:313
表19 狭山池2号窯灰原表面採集遺物観察表:316
表20 狭山池3号窯上層灰原出土遺物観察表:347
表21 狭山池3号窯下層灰原出土遺物観察表:348
表22 狭山池3号窯灰原トレンチ内出土遺物・表面採集遺物観察表:356
表23 狭山池4号窯灰原出土遺物観察表:368
表24 東池尻1号窯と東樋下層樋管との関係:383
表25 東池尻1号窯1次焼成床面出土遺物観察表:398
表26 東池尻1号窯第2・3次焼成床面出土遺物観察表:399
表27 東池尻1号窯灰原出土遺物観察表:400
表28 東池尻1号窯灰原2次堆積層出土遺物観察表:410
表29 水田の規模と方位:436
表30 池尻遺跡(2)出土遺物:441

[3章]
表31 狭山池出土石棺の法量:483
表32 尺八樋法量の比較:485
表33 岩室村の溜池築造年代:492
表34 各時代の狭山池:496
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図 版 目 次

図版1 狭山池の景観
  1. 狭山池全景 北から・1985年
  2. 狭山池全景 北から・1990年
図版2 狭山池の景観
  1. 東除(1989年)
  2. 西除(1989年)
  3. 龍神祠(1989年)
図版3〜5 北堤断面
  1. 堤体保存箇所(中樋地点)
  2. 中樋地点西側断面
  3. 断面の整形作業
  4. H鋼の挿入作業
  5. 第8層の液状化の跡
  6. 第8層の滑り痕
  7. 第10層灰土層の広がり
  8. 第10層灰土層断面
  9. 第10層灰土層遺物出土状況
  10. 第10層敷葉
  11. 第10層敷葉
  12. 第12層土嚢積み(斜面部分)
  13. 東樋地点西側断面
  14. 東樋地点西側断面土嚢積み
  15. 東樋地点東側断面
  16. 堤体の滑り痕(池内)
  17. 池内の砂層
  18. 堆積物の液状化の跡
図版6 北堤内出土遺物(1)
図版7 北堤内出土遺物(2)
図版8〜9 木製枠工
  1. 土中に埋め込まれた丸太材
  2. 杭材と竹
  3. 東側断面
  4. 後方丸太材と梁の接続(西から)
  5. 後方丸太材と梁の接続(東から)
  6. 後方丸太材と梁の接続
  7. 横板どうしの接続
  8. 横板切断部
  9. 横板の鋸痕
図版10〜14 中樋遺構
  1. 中樋遺構全景(上から)
  2. 中樋遺構(西側)
  3. 中樋遺構(東側)
  4. 樋本体(上から)
  5. 樋本体(切断された柱)
  6. 樋本体(側板間の梁)
  7. 樋本体西側壁板
  8. 樋本体東側壁板
  9. 西側扇板
  10. 東側扇板
  11. 西側扇板(背後から)
  12. 東側扇板(背後から)
  13. 西側石組
  14. 東側石組
  15. 東側石組の裏込め石
  16. 西側石組の裏込め石
  17. 石棺に残された墨書
  18. 重源改修碑の状況
  19. 重源改修碑取り上げ状況
  20. 石棺取り上げ作業
  21. 石棺仮置き状況
図版15 中樋遺構出土重源改修碑・図版16〜19 中樋遺構出土石棺(1)〜(4)
  1. 碑文
  2. 側面
  3. 側面
  4. 石棺1(上面)
  5. 石棺1(斜めから)
  6. 石棺2(斜めから)
  7. 石棺2(小口)
  8. 石棺3(斜めから)
  9. 石棺3(小口)
  10. 石棺3(主軸方向から)
  11. 石棺3(墨書)
  12. 石棺4(斜めから)
  13. 石棺4(主軸方向から)
  14. 石棺5(斜めから)
  15. 石棺5(主軸方向から)
  16. 石棺6(斜めから)
  17. 石棺6(主軸方向から)
  18. 石棺7(主軸方向から)
  19. 石棺7(小口から)
  20. 石棺7(斜めから)
  21. 石棺8(斜めから)
  22. 石棺8(主軸方向から)
  23. 石棺9(主軸方向から)
  24. 石棺9(斜めから)
  25. 石棺10(主軸方向から)
  26. 石棺10(斜めから)
図版20〜23 東樋上層遺構
  1. 取水部正面
  2. 上層・下層の重なり
  3. 取水部(正面上方から)
  4. 取水部(上から)
  5. 取水部(西から)
  6. 取水部樋蓋(前方から)
  7. 取水部(背後から)
  8. 取水部樋蓋(背後から)
  9. 取水部樋穴(上から)
  10. 樋管接続部
  11. 樋管砂蓋
  12. 樋管砂蓋の釘穴
  13. 樋管側板の墨書
  14. 樋管砂蓋の釘
  15. 排水部(上から)
図版24 東樋上層遺構墨書(1)
図版25 東樋上層遺構墨書(2)
図版26 東樋上層遺構墨書(3)
図版27 東樋上層遺構墨書(4)
図版28 東樋上層遺構刻印(1)
図版29 東樋上層遺構刻印(2)
図版30〜32 東樋下層遺構
  1. 下層遺構全景
  2. 取水部
  3. 排水部(北から)
  4. 蓋板接続部
  5. 排水部桝型
  6. 蓋板
  7. 排水部付近の蓋板
  8. 土留丸太
  9. 取水部(東から)
  10. 樋管1・2の接続
  11. 取水部(前方から)
  12. 樋管
  13. 取水部の転用材
  14. 蓋板ソケット式の接続
図版33〜38 西樋遺構
  1. 西樋遺構全景(東から)
  2. 取水部(上から)
  3. 北側扇板
  4. 取水部(背後から)
  5. 南側扇板
  6. 上層遺構全景(北東から)
  7. 上層遺構全景(西から)
  8. 上層遺構全景(南東から)
  9. 樋本体壁板
  10. 樋本体・樋管組み合せ
  11. 樋管切断部
  12. 樋蓋を入れる溝
  13. 樋管と棚板
  14. 八の字型板の接続
  15. 側板の加工痕
  16. 棚板
  17. 南側扇板(船板・南から)
  18. 南側扇板(船板・東から)
  19. 北側扇板(船板・北から)
  20. 北側扇板(船板・東から)
  21. 北側木製枠工(全景)
  22. 北側木製枠工(部分)
  23. 北側木製枠工横板との接続
  24. 北側木製枠工梁と柱との接続
  25. 出土した木材
  26. 現地説明会風景
図版39 西樋遺構出土材木(1)上層遺構
図版40 西樋遺構出土材木(2)上層遺構
図版41 西樋遺構出土材木(3)上層遺構
図版42 西樋遺構出土材木(4)上層遺構
図版43 西樋遺構出土材木(5)上層遺構
図版44 西樋遺構出土材木(6)上層遺構
図版45 西樋遺構出土材木(7)上層遺構
図版46 西樋遺構出土材木(8)上層遺構
図版47 西樋遺構出土材木(9)上層遺構
図版48 西樋遺構出土材木(10)上層遺構
図版49 西樋遺構出土材木(11)上層遺構
図版50 西樋遺構出土材木(12)上層遺構
図版51 西樋遺構出土材木(13)上層遺構
図版52 西樋遺構出土材木(14)下層遺構
図版53 西樋遺構出土材木(15)下層遺構
図版54 西樋遺構出土材木(16)下層遺構
図版55 西樋遺構出土材木(17)下層遺構
図版56 西樋遺構出土材木(18)下層遺構
図版57 西樋遺構出土材木(19)下層遺構
図版58 西樋遺構出土材木(20)下層遺構・刻印(1)
図版59 西樋遺構刻印(2)
図版60 西樋遺構出土金属器(1)
図版61 西樋遺構出土金属器(2)
図版62 西樋遺構出土金属器(3)
図版63 西樋遺構出土金属器(4)
図版64〜65 東岸部
  1. 遺構全景(南から)
  2. 池内堆積物
  3. 建物址
  4. 大溝(北から)
  5. 南側の遺構群
  6. 建物址の炉
  7. 建物址遺物出土状況
  8. 落ち込み内断面
  9. 池内堆積物断面
図版66 東岸部出土遺物
図版67 西除崩壊部
  1. 石組1(正面から)
  2. 石組1(背後から)
  3. 石組2(側面から)
  4. 石組2(西上方から)
  5. 狭山池西除ケ略図(田中家文書・部分)
  6. 建築中の新しい洪水吐(西除)
図版68〜69 狭山池1号窯
  1. 池尻遺跡(2)水田上灰原跡
  2. 第1次調査区上層灰原・下層灰原
  3. 第1次調査区上層灰原検出状況
  4. 第1次調査区上層灰原検出状況
  5. 第1次調査区下層灰原検出状況
  6. 第1次調査区下層灰原遺物出土状況
  7. 第1次調査区灰原直下ピット群(東側)
  8. 第1次調査区灰原直下ピット群(西側)
  9. 第2次調査区下層灰原
  10. 第2次調査区下層灰原遺物出土状況
  11. 灰原と第1次堤体
  12. 灰原断面
図版70 狭山池1号窯灰原出土遺物(1)
図版71 狭山池1号窯灰原出土遺物(2)
図版72 狭山池1号窯灰原出土遺物(3)
図版73 狭山池1号窯灰原出土遺物(4)
図版74 狭山池1号窯灰原出土遺物(5)
図版75 狭山池1号窯灰原出土遺物(6)
図版76 狭山池1号窯灰原出土遺物(7)
図版77 狭山池1号窯灰原出土遺物(8)
図版78 狭山池1号窯灰原出土遺物(9)
図版79 狭山池1号窯灰原出土遺物(10)
図版80 狭山池1号窯灰原出土遺物(11)
図版81 狭山池1号窯灰原出土遺物(12)
図版82 狭山池1号窯灰原出土遺物(13)
図版83 狭山池1号窯灰原出土遺物(14)
図版84 狭山池1号窯灰原出土遺物(15)
図版85 狭山池1号窯灰原出土遺物(16)
図版86 狭山池2号窯
  1. 狭山池2号窯と狭山池
  2. 上層灰原(北側)
  3. 上層灰原(南側)
  4. 中層灰原(北側)
  5. 中層灰原(南側)
  6. 下層灰原(南側)
図版87 狭山池2号窯灰原出土遺物(1)
図版88 狭山池2号窯灰原出土遺物(2)
図版89 狭山池2号窯灰原出土遺物(3)・狭山池3号窯灰原出土遺物(1)
図版90 狭山池3号窯
  1. 上層灰原
  2. 下層灰原
  3. 下層灰原遺物出土状況(北側)
  4. 下層灰原遺物出土状況(南側)
  5. 下層灰原遺物出土状況
  6. 下層灰原遺物出土状況
図版91 狭山池3号窯灰原出土遺物(2)
図版92 狭山池3号窯灰原出土遺物(3)
図版93 狭山池3号窯灰原出土遺物(4)
図版94 狭山池3号窯灰原出土遺物(5)
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※当文書は狭山池調査事務所が編集・刊行した発掘調査報告書『狭山池 埋蔵文化財編』(1998年3月31日発行)をHTMLファイル化したものである。
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南河内考古学研究所