狭山池 埋蔵文化財編page2 [第1章]
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第1章 序章

第1節 調査にいたる経過

狭山池は記紀にも記載されたわが国でももっとも古い段階の溜池である。かねてより周知の埋蔵文化財包蔵地として遺跡の扱いをうけ、大阪府の史跡名勝としても指定されている。狭山池は現在でも農業用溜池として広く利用されているが、また一級河川西除川(旧天野川)がこの池に流入し、また流出しているために溜池自体が西除川の一部としてダム機能を果している。狭山池に灌漑機能だけではなく治水機能を持たせるためにダム化工事を行う計画は以前から存在したが、1982年夏の大雨によって下流で洪水が発生し大きな被害をもたらしたことが契機となり、狭山池治水ダム化工事は一挙に具体化することとなった。狭山池はもちろん周知の文化財であったために、地元の大阪狭山市では1985年に市内在住の考古学者故末永雅雄氏を委員長とした狭山池調査委員会を設置して調査への体制を整えた。この調査委員会は狭山池をめぐる総合的な調査を志向したものであり、自然科学者を含む多彩なメンバーで構成されている。その後、大阪狭山市教育委員会では、具体的な調査の主体をどこに置くかをめぐって、工事主体者の大阪府土木部や、大阪府教育委員会と協議を続け、1987年7月に狭山池調査事務所を設立し、調査を推進する体制が整った。調査事務所の理事としては、府・市の職員の他に狭山池調査委員会の委員を委嘱した。他の開発にともなう調査とは異なり、狭山池には古くから継続して使用されてきた溜池という特殊性があるため、発掘調査はもとより、古文書調査や、地理学・古生物学・土木工学などのさまざまな分野の調査も狭山池調査事務所に大阪府が委託して行うこととなった。これら多様な調査の成果のうち、狭山池に関する文献史料については平成7年度に当事務所より『狭山池』史料編をすでに刊行している。また発掘調査以外のさまざまな調査に基づく論考については今後報告書として刊行する予定である。したがって本報告書は狭山池調査事務所が刊行する調査報告書の第2冊目ということになる。

昭和62年度に発足して以来、狭山池調査事務所が実施した発掘調査等は以下の通りである。本報告書では、年度ごと、調査区ごとの報告という形式をとらず、遺構の性格によって分類し、北堤堤体の調査、樋の調査、周辺部の調査、窯跡の調査、下流遺跡の調査という構成をとっている。

以上の調査成果については現地説明会(計6回開催)や、年度ごとの概要報告書において報告し、また大阪狭山市教育委員会が主催した狭山池フォーラムその他の機会にも成果の一端は報告してきているが、本書においては調査成果を再検討し、これまでの発表を若干修正した部分もある。

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表1 年度ごとの発掘調査
昭和62年度狭山池内岸部の遺物分布調査
昭和63年度池尻城跡試掘調査
平成元年度狭山池内岸部試掘調査
平成2年度東岸部発掘調査・狭山池2号窯発掘調査
平成3年度池尻城跡発掘調査・狭山藩陣屋跡発掘調査・池尻遺跡(1)発掘調査・
狭山池3号窯発掘調査
平成4年度池尻城跡発掘調査・池尻遺跡(2)発掘調査・東池尻1号窯発掘調査
平成5年度木製枠工発掘調査・中樋遺構発掘調査・狭山池1号窯発掘調査・
西樋遺構発掘調査
平成6年度西樋遺構発掘調査・東樋遺構発掘調査・北堤断面観察調査
平成7年度東樋遺構発掘調査
平成8年度狭山池4号窯発掘調査・西除崩壊部発掘調査
平成9年度整理作業


写真1 現地説明会(池尻遺跡)写真2 作業風景(東樋遺構)
現地説明会(池尻遺跡)作業風景(東樋遺構)


図1 狭山池北堤付近の遺構位置図, 図2 発掘調査箇所位置図keika-zu.pdf (PDFファイル 994KB)



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※当文書は狭山池調査事務所が編集・刊行した発掘調査報告書『狭山池 埋蔵文化財編』(1998年3月31日発行)をHTMLファイル化したものである。
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南河内考古学研究所