狭山池 埋蔵文化財編page9 [第2章]
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II 木製枠工

[調査の経過][遺構][遺物][小結]
1 調査の経過

狭山池の調査は多岐にわたったが、もっとも成果があったのは北堤付近において行った一連の発掘調査であった。その端緒を開いたのは平成5年度に行われた木製枠工の発掘調査である。ただし木製枠工の発掘調査は当初よりその存在を予想して行ったわけではない。中樋遺構の所在を求めて池の堆積物を掘り進むうち偶然に検出したのがこの遺構であった。予想外の新たな遺構が検出されたため、中樋遺構の探索は一旦中止し、木製枠工の発掘調査を開始したが、遺構の規模は当初の予想を越えて大きく広がり、全長約30mにも及んだ。1993年8月28日には現地見学会を実施した。調査期間は1993年4月から1994年3月までであった。調査終了後、木製枠工のうち2区画だけはウレタン樹脂で梱包して土と一体で取り上げ、残りの部材は材木を解体した状態で取り上げ、保存処理を行った。

なおこの遺構の名称は、調査時より木組遺構、木製護岸など一定しなかったがその機能を考えて、木製枠工とした。

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2 遺構

出土した木製枠工は取水塔の西側に所在し、総延長28.6mであった(付図2参照)。現在の狭山池池底から3.1m堆積物を除去したところで遺構の上面が検出された。遺構は長さ3mから5.3mの丸太材を2列に土に打ち込み、前後左右を横木で連結させ枠状のものを作り、その中に土を入れたのち、前方の丸太の間の土の表面に水平方向に竹を敷き並べ、最後に縦に杭を打ち込んで作られている。丸太は10組、20本検出されている。いずれも松材の丸太で樹皮はついていない。先端は鉛筆状に尖っているが、土の断面を観察するかぎりでは、土の表面から打ち込まれたのではなく、まず土を掘ってそこに丸太を埋め、一応安定して立つ状態になってから打ち込むといった方法で固定されたと思われる。前方の丸太は鉛直方向から40度、また後方の丸太は45度の傾斜で立てられている。前方の丸太と後方の丸太は上下2本の横木によって連結されている。横木はいずれも角材で上は断面が長方形、下は正方形をしている。上の横木は丸太の上端に凹状に切り込みを入れ、そこに横木をはめこみ連結している。後方の丸太の頭は前方よりもやや上に出ているものが多く、ほぞあなをあけて、横木を通し、ピンでとめる方法で接合している。さらに下の横木は丸太にほぞ穴を穿ち、そこに横木を通し、横木にあけたほぞあなにピン状の小さな木を通して固定する方法で丸太と接着している。また丸太のほぞ穴に遊びがある所では先端を尖らせたくさびを打ち込んでがたつきを止めている。

また前方の丸太間を連結する横木については、次のような方法で丸太と接合していた。まず丸太に長方形のほぞ穴を穿ち、横木の先端は三角形に尖らせ、お互いが噛み合うように隣接の横木とほぞ穴内で接続している。この部分ではピンなどは利用されていなかった。また横木にはノコギリの痕跡が明瞭に残っていた。後方の丸太間を連結する横木はなかった。

土は基本的には以上の枠組みが完成したのちに枠内に盛られたと思われるが、調査の最後に断面を観察したところ、断面土層は大きく2層に分けられた。下層は木製枠工の構築より前から存在していた堤体の盛土である。この層は植生によって形成された土壌層の上に盛られたもので1層が10cm程度の厚さである。全体的に砂を主体とした盛土である。この土を掘りこんで丸太を入れ、その上に盛土を施したのがこの遺構構築時の盛土層である。この盛土層は大きく3層に分けられる。最も下は砂質土を中心としたやわらかな層で、その上に暗青灰色の砂質土を盛っている。この層の上面はほぼ水平に仕上げられ、大きな礫が並べられている。盛土工事の一段階として表面を水平に仕上げ、そこに礫を敷き並べる段階があったと考えられる。さらにその上に粘土、シルトなどによって盛土がなされている。盛土の池側斜面には竹類が横方向に並べられていた。竹は篠竹で、割らずにそのまま敷かれていた。この竹を敷いたのち斜め方向に杭が打たれている。杭は一辺15cmの角材で、先端はやはり鉛筆状に尖っていた。丸太とは異なり、この杭は上から打ち込まれたようで所々で土を引っ張っている様子が観察できた。杭は丸太の間に5本から8本打たれていて、その間隔は平均40cm程度であった。また木製枠工に使用されている材木はすべて松であった。

今回検出された丸太は先にも述べたように10組20本であり、西側には角材による杭が打たれていた。杭の高さは西にいくほど低くなり、また堤防側にしぼむような形態を示す。木製枠工の工事はこの張出しの部分で施工されたことがわかる。また東側は昭和初期の工事のために断ち切られていた。調査範囲のさらに東側で中樋遺構が検出されたが、この切断のために木製枠工との立体的な関係は把握できなかった。東西方向の関係は図33のようになっている。この図から切断以前の木製枠工は長さ34m程度の規模であったことが推定できる。

写真9 木製枠工全景(西から)写真10 杭の先端の様子
木製枠工全景(西から)杭の先端の様子

図29 木製枠工断面図,図30 木製枠工における材木の接着方法,図31 木製枠工土層断面図,図33 木製枠工と中樋遺構の位置関係mwaku-tr.pdf (PDFファイル 821KB)

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3 遺物

木製枠工の盛土の中からは遺物は出土していない。ただその前面の堆積物の中から図32に示した染付碗1点が出土している。碗の口径10.9cm。器高4.1cmの肥前系の磁器で、近世中期の所産と考えられる。

図32 木製枠工出土遺物実測図mwaku-rm.pdf (PDFファイル 51.3KB)

4 小結

木製枠工はこの調査の翌年に実施された西樋遺構において、本体の両翼で同様のものが検出されている。本調査区において検出された木製枠工もの両側の堤体を保護するために施工されたものと考えるのが妥当であろう。中樋西樋慶長13年(1608)の工事において作られたことが明白であるため、それにともなう木製枠工の年代も慶長の改修時と考えられる。古い樋を撤去し新たな樋を伏せ替えるためには、樋の部分の堤の土を掘削する必要がある。その部分の堤体はどうしても弱くなるため、オープンカットされた部分のみに木製枠工を施したのであろう。また慶長13年の改修の前提として、その少し前に大地震があり堤体が内側にすべっていることが、吉川周作氏、三田村宗樹氏などによって行われた池の堆積物の調査から明らかになっている註9)。また西田一彦氏は堤体の中での木製枠工の位置関係から、この護岸は堤体の円弧すべりを阻止する目的で設置されたことを推定している註10)西樋木製枠工は右翼4.9m、左翼12.3mという小規模なものであり、それに対して本調査区のものは残存している部分でも長さが28.6mもあり、はるかに大規模なものである。地震との関係も十分考慮すべき条件と思われる。

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注)
1)西田一彦「ボーリング調査試料の分析」(『狭山池調査事務所昭和62年度調査報告書』狭山池調査事務所,1988)
2)粉川昭平三田村宗樹「狭山池北堤ボーリングの観察と植物遺体報告」(『狭山池調査事務所昭和63年度調査報告書』狭山池調査事務所,1989)
2)西田一彦「狭山池堤体の土層構造と土性について」(『狭山池調査事務所昭和63年度調査報告書』狭山池調査事務所,1989)
2)西田一彦「狭山池堤体の土層構造と物理、化学的性質」(『狭山池調査事務所平成元年度調査報告書』狭山池調査事務所,1990)
2)外山秀一「狭山池の形成と植生環境 その1」(『狭山池調査事務所平成2年度調査報告書』狭山池調査事務所,1991)
3)木越邦彦「ボーリングコアの14C年代測定」(『狭山池調査事務所平成元年度調査報告書』狭山池調査事務所,1990)
4)堤体の保存処理方法については次の文献に詳しい。
-)金盛弥古澤裕木村昌弘西園恵次「狭山池ダム・堤体の保存事業について」(『土木史研究』15,1995)
5)『狭山池地区事業概要書』大阪府,1964
6)須恵器の編年は田辺昭三氏の編年によった。
田辺昭三『陶邑古窯址群I』平安学園考古学クラブ,1966)
7)吉川周作三田村宗樹内山高長橋良隆槻木玲美Edy Sunardi里口保文橋本定樹山本岩雄田中里志山崎博史佐藤隆春市川秀之「大阪狭山市狭山池堆積物における液状化跡」(『地質学雑誌』第103巻第10号,1997)
8)工楽善通「日本古代の一土木技術に関しての予察」『奈良国立文化財研究所創設40周年記念論文集』,1995
9)吉川周作三田村宗樹内山高長橋良隆槻木玲美Edy Sunardi里口保文橋本定樹山本岩雄田中里志山崎博史佐藤隆春市川秀之「大阪狭山市狭山池堆積物における液状化跡」(『地質学雑誌』第103巻第10号,1997)
10)西田一彦『狭山池における古代技術の発掘と保存』社団法人地盤工学会関西支部,1997
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※当文書は狭山池調査事務所が編集・刊行した発掘調査報告書『狭山池 埋蔵文化財編』(1998年3月31日発行)をHTMLファイル化したものである。
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南河内考古学研究所