狭山池 埋蔵文化財編page30 [第2章]
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IV 狭山池4号窯

[調査経過][遺構と層序][出土遺物][小結]
1 調査経過

狭山池調査事務所では、狭山池東岸部分において実施した一連の発掘調査によって、過去の分布調査で確認されていた5〜6ヶ所の須恵器散布地註7)は、2基の須恵器窯灰原東岸部の遺構群に伴うものと判断していた。ところが1997年1月に、東岸の南端から北端へ向けて、工事用簡易道路の盛土作業が開始された際、工事担当者が狭山遊園プールの西側にあたる部分で須恵器片の大量散布を確認した。報告を受けて現場へ急行すると、狭山遊園敷地内からの雨水管から流出した水流によって、東岸の地表面が溝状にえぐられ、その周囲に須恵器蓋杯の破片が散乱している状況が確認された。そこで当該地点においてバックホーにより、南北方向に長さ約10mの試掘溝を掘削し、土層断面を観察した。その結果、地表下約60cm〜100cmの箇所に、厚さ10cm以下の灰層がほぼ全域において確認された。最初に実施したトレンチ調査においては、この灰層が遺存する箇所は分厚い池の堆積土に覆われており、調査不可能であった。その時に設定したトレンチは窯本体の検出を目的としていたため、狭山遊園敷地寄りの高い箇所に設定しており、この灰層の遺存を確認することができなかった。この新規に検出された窯を狭山池4号窯と呼称する。発掘調査は1997年1月〜2月まで実施した。

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2 遺構と層序

狭山池4号窯の灰層は、斜面上から流入してきたと考えられる暗灰色砂礫土の上面を被覆するように広がっている。段丘面に相当する地山面は、調査区東端で標高77.25mを測り、池側の調査区西端では標高72.75mまで落ち込んでいる。暗灰色砂礫土層は30cm〜80cmの厚みで調査区内ほぼ全域の地山面を覆う。土層を観察する限りでは、自然に崩落した土層ではなく、何らかの人為的要因による土層である可能性が高いように思われる。その上面を被覆する灰土層は非常に薄く、その厚みは10cm以下である。黒色もしくは暗灰色のこの灰土層内とその上面から出土した遺物は須恵器のみであり、他の時代の遺物の混入はみられなかった。

灰土層が広がる範囲は、南北20m・東西12mにおよぶが、標高75.0m付近の調査区西端における灰土層の厚みはわずか1cm程度であり、部分的に灰土層が途切れる箇所も多いために斑状の広がりを呈している。最も厚く灰土層が堆積しているのは、標高76.0m〜76.75m付近である。局部的には15cm程度の厚みがあり、須恵器の包含量もこの付近が最も多い。灰土層の上には、20cm〜70cmの厚さで灰褐色砂質土層がある。この土層もまた、締まりが悪い。その上には部位によっては10cm〜60cm程度の厚みの灰色系砂質土があり、さらにその上層は褐色砂礫土の表土層となる。

図230 狭山池4号窯灰原土層断面図, 図231 狭山池4号窯灰原平面図si4-tr.pdf (PDFファイル 1.24MB)

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4 出土遺物

狭山池4号窯灰層内もしくは灰層直上から出土した遺物の総量はコンテナ20箱分である。窯壁片は数点出土しているが、他の灰原における窯壁片の出土量と比べると少量である。

以下、本窯の灰土層から出土した須恵器の概要を述べる。なお、各個別の遺物観察結果については表23の遺物観察表を参照されたい。

灰土層中に包含されていた須恵器のうち、図化が可能であったものの個体数は70点である。その器種別の個体数は次の通り。

杯H身16点・杯H蓋14点・杯G身3点・杯G蓋10点・短脚高杯(脚部のみ)5点・長脚無蓋高杯(脚部のみ)2点・提瓶2点・8点・壺蓋4点・短頸壺1点・長頸壺3点・長頸壺(口頸部のみ)3点・平瓶5点・平瓶(口頸部のみ)4点

杯H身の口径平均値は10.2cm、杯H蓋の口径平均値は11.0cmである。杯H身の法量は、図317のような数値分布を示している。

杯G身の口径平均値は9.5cm、杯G蓋の口径平均値は外径が11.3cm・内径が9.3cmである。杯G蓋は、天井部外面中央に擬宝珠様つまみを付すものと乳首形つまみを付すものとがある。

長脚2段の無蓋高杯47は、脚部にスカシをもたないタイプのものである。

平瓶は、69・70をみるかぎり、体部が下外方に比較的緩やかに張り出して肩部が丸みをもつタイプのようである。

4号窯灰土層から出土する中で多い器種はであるが、その他の器種でとくに出土するのが平瓶長頸壺である。図示した個体の他にも図化不可能な小片をも含めると、かなりの数量が破棄されており、これは本窯の生産傾向とすることができよう。また、平瓶の形態もTK217型式の定型化したものだけでなく、TK209型式の提瓶体部を横倒しにし、上面に頸部を取り付けたようなものも含まれている。

図232〜図234 狭山池4号窯灰原出土遺物1〜3si4-rm.pdf (PDFファイル 1.58MB)

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5 小結

狭山池4号窯灰土層は、多くの箇所では1cm程度の厚みしかなく、灰土層が途切れる箇所も多いために斑状の広がりを呈している。こうした検出状況から、不確定な要素は多いが、当該調査区で検出した灰土層は、中位段丘崖裾に堆積していた灰原が何らかの理由によって2次堆積したものである可能性が高いと考えられる。

包含される須恵器には、明確な型式幅を示す資料は含まれておらず、単一のによって形成された灰原の遺物組成を反映しているように思われる。

では、杯H杯Gの両器種が生産されていた。杯H杯Gの生産比率は、1:1まではいかないが、それに近い比率で生産されていたと思われる。杯H身の法量は、図317で明らかなように、その数値分布の中心が、狭山池1号窯東池尻1号窯よりも低い数値にあり、TG10-I集中域とTG11-II集中域の双方にまたがる分布を示している。また、長脚2段無蓋高杯の脚部には、長方形やスリット状のスカシがみられない。ただし、杯G蓋のツマミ形状は、擬宝珠様つまみと乳首状つまみがある。

これらのことから、本窯で生産された須恵器は、狭山池1号窯ひつ池西窯の間、TK217型式第1類から第2類の移行期に位置づけられる資料であると考える。

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※当文書は狭山池調査事務所が編集・刊行した発掘調査報告書『狭山池 埋蔵文化財編』(1998年3月31日発行)をHTMLファイル化したものである。
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南河内考古学研究所