今熊1号窯 Page9


(5)考 察 ―焼成床面ごとの杯身のたちあがりと法量の比較―

本窯では、一部分ながらも焼成部の調査を実施し、床面上に遺棄された須恵器を焼成床面ごとに検出することができた。
第1次焼成床面から第3次床面までの各床面において検出した須恵器を概観すると、第1次焼成床面および第2次焼成床面のものは、杯蓋の口縁部内面に段を成すものを含むように若干古い要素を有するものの、TK43型式もしくはTK 209型式の範疇におさまる感があり、第3次焼成床面の須恵器は、蓋杯の口径が第1次焼成床面・第2次焼成床面のそれに比して小さいものとなり、TK 209型式およびTK 217型式に比定しうる感がある。
これを具体的に把握しなおすために、この項では焼成床面ごとに杯身の形態およびその法量の幅を確認して比較を行なう。
杯身の形態比較はたちあがりの角度と高さを比較要素とした(註3)。たちあがり高は、たちあがり基部外面から口縁端部までの鉛直方向の距離を計測し、図中の縦軸とした。たちあがり角度は、たちあがり基部外面を中心点として鉛直方向を0°とし、これからたちあがり基部外面と口縁端部を結んだ直線までの角度を計測した。これを図中では横軸とした。なお、個体中においてたちあがり高、もしくはたちあがり角度にバラツキがある場合はその平均値を採った。

第1次焼成床面資料(以降はIK1−1と略記する)と第2次焼成床面資料(同じくIK1−2)と第3次焼成床面資料(同じくIK1−3)の法量分布は第20図のとおりである。今回の調査で検出した全資料のうち、ここでは口径と器高を完全に計測しうるもののみを対象とした。結果、全資料点数39点のうち26点を図中にドットすることができた。
図中にある口径11.3cm〜14.2cm・器高 3.0cm〜 4.6cmの範囲内にある偏楕円形のライン内はTK43号窯出土資料の集中域を表わす。また同様に口径 9.4cm〜11.1cm・器高 3.0cm〜 3.6cmの範囲内にある偏楕円形のライン内はTK 217型式前半の資料であるTG10―1号窯出土資料の集中域を表わす。
IK1―1の法量の計測値は、杯身10の1点以外はすべてTK43集中域内におさまるものである。杯身10の数値も口径がわずかに上回るのみで集中域に近い値である。
IK1―2の法量の計測値は、4点がTK43型式集中域内にあり、3点がその域外にある。底部内面に同心円文がある杯身47は口径が16.6cmで、集中域より大きく離れている。杯身41は口径が14.3cm、器高が 4.7cmで、両方の値がそれぞれ集中域よりもわずか 0.1cm上回るだけでるため、集中域内に含まれる資料と考えて大過ないと理解される。杯身36は器高が 5.1cmを測るため、集中域を逸脱している。TK10型式に比定されている各遺跡の他の資料が、口径が11.0cm〜15.0cm程度で、器高が 5.0cm前後を上回る値を示すようであるので、杯身36はTK10型式として認めうる法量を有しているといえよう。
IK1―3の法量の計測値は、6点がTK43集中域内にあり、3点がTG10―1集中域内にあり、5点がその境界域にある。この分布状況は、ほぼTK 209型式の範疇で捕まえた狭山池2号窯灰原資料(以下SI2と略記)の分布状況4)に相似している。

IK1―1・IK1―2・IK1―3のたちあがりの分布は、第19図のとおりである。 IK1―1のたちあがりは、高さが 0.8cm〜 1.3cmの範囲内に、角度が28°30’〜47°00’の範囲内に分布する。すなわち、TK43分布域からTG10―1分布域にかけて分布し同様の分布を示す資料としてSI2が挙げられる。法量においてTK43集中域をわずかに上回る杯身10のたちあがりは、高さが 1.3cm、角度が28°30’であり、TK10型式の杯身の数値と比肩しうるものである。
IK1―2のたちあがりは、高さが 0.7cm〜 1.4cmの範囲内に、角度が17°30’〜48°45’の範囲内に分布する。すなわち、MT15分布域からTK43分布域、さらにTG10―1分布域にかけての分布を示すこととなる。TK10型式として認めうる法量を有する杯身36は、たちあがり高が 1.2cm、たちあがり角度が17°30’を計測し、MT15分布域とTK43分布域の境界付近において両者を隔てる主要因であるたちあがり高が低いために、TK10型式のたちあがりとしては不足である。ところが、底部中央を欠損するために法量分布図にドットしえなかった杯身38は、口径14.0cm・残存高 4.6cmのTK10型式の杯身として遜色ない法量をもつと同時に、たちあがり高 1.4cm・たちあがり角度22°00’のMT15分布域におさまるたちあがりをもっている。
IK1―3のたちあがりは、高さが 0.6cm〜 1.2cm、角度が24°45’〜57°30’の範囲内に分布する。すなわち、TK43分布域からTG10―1分布域・HI1(東池尻1号窯資料)分布域にかけての分布を示している。全体的に、角度の点ではSI2の分布域よりも広く、高さの点ではHI1の分布よりも高めの分布と理解しうる。

以上のたちあがりおよび法量の比較の結果、次のように結論づけたい。
IK1―1は全体的な傾向として、法量はTK43型式に比定しうるもので、たちあがりの形態はTK 209型式の範疇に含まれると考えられるSI2と同様の分布を示す。しかし少数ながら、TK10型式的な法量とたちあがりをもつ杯身を含んでいる。
IK1―2は、法量はTK43型式に比定しうるものとTK10型式に含むべきものが存在する。たちあがりの形態はTK43型式を中心としてTK 209型式に含まれるものを含む。と同時に、TK10型式のたちあがりと法量を備えた杯身も存在する。
IK1―3は、法量はSI2と相似した分布を示す。たちあがりの形態も高さを重視すれば、SI2と似通った分布を示すと理解される。
IK1―1は、第1次焼成床面で行われたであろう複数回の焼成にともなう須恵器を含んでいる可能性が高い。IK1―1のたちあがりがSI2と同様の分布を示すとはいえど も、SI2のような法量の縮小化はみられない。よって、このことを重視して、第1次焼成床面における最終焼成はTK43型式の須恵器を焼成した段階と考えたい。
IK1―2も複数回の焼成にともなう須恵器を含んでいる可能性を考えておかねばならないが、法量がSI2にみられるような縮小化したものを含んでいないので、第2次焼成床面における焼成時にはTK43型式の須恵器を産出したと捉えておきたい。ところで、IK1―2にはTK10型式のたちあがりと法量をもつ杯身が存在する。この須恵器は、あきらかに第1次焼成よりも後に焼成されたものであるので、TK43型式の須恵器を生産したのちにあらたに床面を貼り、あらためてTK10型式的な杯身をわずかといえども生産したことになる。
IK1―3は、第3次焼成床面で複数回の焼成を行なっていようとも、単一回の焼成にともなう資料である可能性が高い。法量がSI2のような縮小化傾向をみせ、たちあがりの形態もSI2と同様の分布を示すことから、本窯の最終焼成時にはTK 209型式の須恵器を産出したといえよう。





(6)まとめ

今回の調査では、窯体が完全に破壊される寸前で何とか記録保存を行うことができた。また、焼成床面の分層が比較的容易に行えたために、短い調査期間とはいえ、焼成床面ごとに須恵器を検出することができえたのは、不幸中の幸いといえよう。今回の調査で確認しえたのは、窯体のごく一部分に過ぎず、なお調査区の北側には焼成部と煙道が、調査区の南側には焼成部と燃焼部と焚口が、さらにその先には灰原が遺存しているであろう。宅地の造成にともなって盛土がなされ、旧地形が把握しにくくなっているので、今後もこの付近における開発工事には充分な注意をはらう必要がある。この報告をまとめるに際して外山秀一氏、木許守氏、梅本康広氏から貴重な御指導と御助言を賜った。文末ながら記して深謝致します。

註記
1)大阪狭山市教育委員会『大阪狭山市埋蔵文化財分布図』1992年
2)同様のハケ目調整のある杯蓋は、池尻新池南窯灰原出土資料に1点確認される。
3)この形態比較は、以前行なった下記の考察で用いたのと同じ方法で実施した。
植田隆司「池尻遺跡南窯出土須恵器の基準資料との比較」「池尻新池南窯発掘調査報告書―陶邑窯跡群の調査―」『大阪狭山市文化財報告書』7、1992年
同「狭山池2号窯・狭山池3号窯・東池尻1号窯・狭山池北堤窯出土須恵器の基準資料との形態・法量比較」「狭山池2号窯・3号窯出土遺物整理報告」『狭山池調査事務所平成4年度調査報告書』1993年
4)前出註3文献